反抗期

男の子の反抗期ケース  ゆきのさん次男君編

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反抗期は、いままで可愛かった子が急に反抗的になりとまどったりして本当に大変ですが、子どもによって個性があるように反抗期もいろいろな形で出してきます。

こんな反抗期があるのだと知っているだけでも、いざ反抗期になった時、あ、こういうパターンかと気構えができるかと思います。

是非参考にしていただけたらと思います。

今回は、3兄弟を育てられ、長男君、次男君は立派に成人されている『ゆきのさん』の次男君のケースをご紹介します

 

 

ゆきのさんちの次男君の反抗期

ゆきのさんちの次男君はとにかく生まれたときから反抗期のような子でした。

赤ちゃんのころからあまり泣かない子で、おなかが空いたとかおむつが汚れたとか自分に用事がない時に抱っこされると怒って泣くという、扱いにくい子でした。

 

成長は誰よりも早く!

その反面、発達がとても速くて、9か月には歩いていて11か月には走っていました。

ミルクも哺乳瓶を11か月の初めに投げ捨ててから一切飲んでくれなくなりました。それ以来冷たい牛乳しか飲みません。

離乳食も大嫌いで、自分の皿をひっくり返すとおもむろに兄の皿をとって手を突っ込んで食べ始めます。取られた1歳半年上の兄が泣いている。。。

結局離乳食は一切食べないまま普通のごはんを食べることになってしまいました。そんなわけで段階的な離乳も断乳もなく自発的にしかもだいぶ早い時期に卒業してしまいました。

 

自分は、お兄ちゃんと絶対に同じ!

多分、小さい頃の次男はお兄ちゃんと年が離れている、弟なんだっていうのが許せない!絶対お兄ちゃんと同じことをしたいという気迫のようなものすら感じましたw。

1歳半の時に兄が幼稚園に行くと、自分も幼稚園に行けると思ってバスに乗り込みました。そのたびに引きずり下ろすのですが、号泣しながら家に帰ってから兄が帰ってくるまでご飯も食べずに泣き続けていました。

そのうちあきらめるだろうと思っていたのですが、3か月も続きました。

これには私のほうが根負けして、1歳半とでもいける託児所を探しました。託児所なのですが、黄色い幼稚園バッグを持っていけるようになったのでご機嫌です。保育室に入るときにも振り返りもせずに、一度も泣かれることはありませんでした。そんなに私と一緒にいるのが嫌なのかと少々へこむほどでした。

 

勉強も運動も自立していた

そのあとも自立した子で、勉強にも苦労したことなく運動も人よりできるので小学校時代も中学校時代もさほど心配しませんでした。

自分勝手なルールで学校に遅刻して行ったりすることはあったものの、地元ではそこそこの進学校に進学し、もともと私が手を出すのも好まなかった子なので、このままほっとけば何とかなるんじゃないかなとたかをくくっていたところがあります。

 

反抗期は突然に!

高校1年生の時、兄とけんかになり流血の惨事になったことが原因で私の母のところに預けることにしました。

その時はほんの少しの間のつもりでしたが、家のごたごたもあり、兄弟仲がそう簡単に解決するわけでもなく、ずるずると時が過ぎていきました。この間、高校に行くのをとにかく嫌がりました。あと1日でも休んだら留年するというところまで欠席し、当日になってセンター試験をすっぽかし、当然、その年の受験は全滅。浪人が決定しました。

長男の時に手をかけてやったのに、次男の受験は「何とかなるだろう」と思ってしまったことを後悔しましたが、高校卒業した年の子はすでに私の手に負えるものではなくなっていました。

浪人生活

それからの2年間は、浪人とは名ばかりのほぼゲーム三昧の毎日。手をこまねいているだけの日々でした。
浪人2年目になるときに「受験の費用も出してやるし、予備校とか必要なものも出してやるけど、浪人は今年で最後。何かしら進路を決めなさい」という条件を出しましたが、相変わらずの宅浪。

プライドが邪魔をして大学のレベルを下げられなかった次男は、結局補欠になった学校はあったものの全滅という結果でした。

ゲーム好きなのでIT関係の専門学校に行き、全部出席して成績が良ければ学費タダになるからといって、奨学金を借りて一人暮らしをしたものの、欠席が多くしょっちゅう電話がかかってくる始末。

学費は出してやりましたが2年間の奨学金という名の借金を背負っての社会人生活を始めることになりました。

子どものころ割とできたから、しっかりしているから、どうせいうこと聞かないから、と手をかけなかったつけが、ほぼ7年間の引きこもりに近いような生活になって帰ってきました。

 

就職したことで

どうやったらこの生活からこの子は抜け出せるんだろう。ずっと引きこもりになるんじゃないか、、、という心配をよそに、

就職したら、一変しました。
毎日会社に行き、週末はゲームの大会に出たりして1年目を楽しんでいました。インターネット配信やテレビに出演することもありました。

2年目になるとゲームに加えて毎週のように地元に帰ってきて、中学時代からやっていた卓球のチームで練習したり、母校のコーチをしたり、試合に出場したりして充実した日を過ごしています。

専門学校時代はお金もないのにしょっちゅうピザを頼んだりしてお金も無くなり体重も激増していましたが、スポーツをしたり、お金がなければ食べずに過ごすようなこともあるようで、徐々に体も戻ってきました。

今では、あの頃の自分の選択はよくなかった。これから受験する子にアドバイスするなら、どこでもいいから大学に行くべきだっていう、とあの頃のことを思い返すようです。

でも、あの時間があったから今のように考えられるようになったんじゃないか、あれは必要な時間だったんじゃないかと思います。

それでも、もっと短い時間で脱出させてあげられたんじゃないか、あの時手を離さなければ、という後悔は一生私の中に残りつづけます。

 

ゆうり
ゆうり

ゆきのさん、ありがとうございました!

失敗しながら成長する!まさにこれですね。。。

本人が選んだことだと、そうは思いますが、やはり何かしらできたのでは?と親は後悔してしまいますね。。。

でも、今本当に素敵な青年になって、地域や学校に関われる素敵な温かい人柄が伝わってきます。

いいお兄ちゃんに成長されたのだと思います。

何より楽しく過ごされているのがとてもいいですね!

いろいろあっても人生の糧にして楽しく過ごしてくれる!!!

親の切なる思いですね!